『0.002%の宝石』日本にたった10軒ほどしかいない有機イチゴ農家が求める”おいしい”とは?【かみむら農園】

こんにちは。記者の永江です。

皆さんはイチゴ栽培の難しさについて知っていますか?実はイチゴは病気や虫にやられやすいとても繊細な作物です。従来の慣行栽培だと栽培期間中に50回以上も農薬が散布されます。そのような理由から無農薬のイチゴを大規模に栽培するのはほぼ不可能に近いと言われています。さらに、有機JAS(※1)の認証を受けて栽培されたイチゴ農家は日本にたった10軒ほどしかいないと言われています。今回はそのうちの1軒、かみむら農園を運営している上村さんに出会いました。

プロフィール
上村慎二(かみむらしんじ)さん
京都府八幡市在住。化学肥料・農薬を使用しない有機イチゴを大規模に栽培することに成功。
有機JAS認証を受けたイチゴは、国内全体でわずか0.002%。
冬場はイチゴがメインで、大根とニンジンとホウレンソウ。夏はキュウリ、オクラ、スイカなど多くの野菜を有機農法で育てている。一部の野菜を硝酸イオン、糖度、ビタミンC、抗酸化力の4つの数値を競う栄養価コンテストに出しており、大根で2度日本一を受賞。ほうれん草は日本一糖度が高く、桃より甘いと評価を受けた。

今まで上村さんは”おいしい”野菜を作ることにこだわるために理想の”おいしい”を言葉で表現し、大変といわれる有機農法で野菜を育ててきたそうです。

しかし、なぜそれをやろうと思ったのか?どうやってそれが出来るようになったのか?
“おいしい”野菜を作りたいという気持ちはどこからくるのか?

その真意に迫ります。

※1 農薬や化学肥料などの化学物質に頼らないことを基本として自然界の力で生産された食品を認証する制度

目次

農業のきっかけはナス

まつお

今日はよろしくお願いします。

上村さん

よろしくお願いします。

まつお

さっそくですが、前職はどんなお仕事をされていたのですか?

上村さん

前職は車の営業マンです。あとは、配送業者、板前、ガソリンスタンドマンとか色々やっていましたね。

まつお

今、農家をやられて何年目ですか?

上村さん

もう少しで14年目のシーズンに入ります。

まつお

どうして農家になろうと思ったんですか?

上村さん

もともと、うちの奥さんの上村の姓を継ぐために京都にはいつか来てねっていう話になってて。前の仕事場まで1時間ぐらいで通えてんけど、それも面白くなくて何か商売したいなってずっと思ってて。で、義理のお父さんが家庭菜園やってたんで、そのナスを晩ご飯で食べたらめっちゃ美味しくて。そこから”おいしい”野菜作ったら人感動させられんのかもみたいな話が浮かびだして。

まつお

へー!よっぽどおいしいナスだったんですね!農業はどうやって始めたんですか?

上村さん

技術も知識もないので、とりあえずおいしい野菜作れる人を紹介してもらおうと思って、就農支援しているとこに行って。
そこで「おいしい野菜作れる人教えてほしいんですけど」って言ったら、おっちゃんに「あんたなに言ってんの?まあ、とりあえずアンケートだけ書いて」って言われて書いて渡したら、「あんたもう帰り!」って手でシッシッてやられて。(笑)

上村さん

「なんやねん、ちゃんとやってくださいよー」って言ったら、「あんたここに年間500人くらい来るのに就農すんの何人くらいやと思う?1人か2人や!こんなんまともに相手できると思うか?帰れ、帰れ!シッシッ」って言われた。腹立つなぁって言いながら帰ってんけど、3か月後にもういっかい相談しに行った。

まつお

もういっかい行ったのはなぜですか?

上村さん

やっぱり農業をやりたいと思った。あと、シッシッがムカついた。(笑)

まつお

あ〜!(笑)

それでもういっかい行ってやろうみたいな?

上村さん

そうですね(笑)

で、また行ったらその時はシッシッのおっちゃんとは違う方がいて、今度は「美味しい野菜作るなら、ええ人おるから紹介したる!」ってゆうてくれはって。で、そっから研修に行って、師匠と出会いました。師匠は京都の有機農業の先駆者で、僕が今やってる農法は師匠とほぼ同じようなやり方ですね。

まつお

そうなんですね。実際に農業をやってみてイメージは変わりましたか?

上村さん

今までの仕事って人が作ったものを売る仕事をしてたんですよね。それにすごい喜びがあって、楽しかったんですけど、自分の作ったものを売るってどんな気持ちなんやろうっていうところが始めた理由のひとつにあって。農業をやって、人が喜んでくれるっていうのが手にとるように分かるようになったので、そこがすごい喜びですよね。

イチゴの収穫は早い時で朝2時から行うという

有機栽培は子どものため

まつお

今作っている野菜は全て有機栽培で育てているんですか?

上村さん

はい、そうです。うちで作ったものは全部有機JASのシールが貼れるという感じですね。

まつお

どうしてそこまで有機栽培にこだわるんでしょう?

上村さん

僕は(有機栽培に)あんまり強いこだわりはなくて、”おいしい”もんを作りたいとしか思ってない。師匠から習ったやり方で”おいしい”ものができて、有機JASも取れるという範囲でやっておられたので、売り先を確保するために有機JAS認証シールを貼って出そう(※2)としていったっていうのが本音のとこですね。

有機JAS認証シールを貼る

まつお

“おいしい”を追求していった結果、有機栽培に落ち着いたっていうことですか?

上村さん

はい、そこがうちの根幹。農産物ってね、基本的にどれみたって一緒じゃないですか?
でも、僕らは個人で名前を付けて売ることができるので、”おいしい”ものを作っていればリピートしてくれるやろうなっていうのが、商売上の観点から考えた時にあって。

まつお

なるほど。

上村さん

あと、”おいしい”って誰のためにやってるのかなってゆったら子どものためっていうとこがすごく大きくて。

まつお

子どものため?

上村さん

子どもたちは親がかってに選んできた野菜をたべるじゃないですか?それがウマかろうがまずかろうが怒られてでも食べなさいみたいな話になると思うんですけど、それを親が賢く美味しいものを選べるようにして子どもにたべさせたら、子どもが野菜をきらいになることってたぶんないと思うんですよね。うちのが”おいしい”から子どもに食べさせたいなと思ってもらったら僕はそれでいいかなと思っているので。

収穫体験でイチゴをおいしそうにほお張る子どもたち

まつお

”おいしい”野菜を作りたいという思いは、そこからきてるんですね。

上村さん

そうですね。そこは農業を始めた時から1ミリもブレてないです。

※2 有機JASマークは環境や健康に配慮する消費者や業者の購入の目安になる

“おいしい”を言語化し、評価してもらう

まつお

ただ、美味しいかどうかって個人差があると思うんですけど、そのあたりは自分の感覚を信じてやってらっしゃるんですか?

上村さん

そこをまず言葉にできるようにしておこうって思って。例えばね、あまいもの食べた時って口の中で「あまっ」て言って、単調な味でおわってしまうんですよね。で、すっぱいのは「すっぱ〜」でおわるじゃないですか。それがあまずっぱいになったらあまい、すっぱいでちょっと口の中に味が残りだすでしょ。

自分の中の”おいしい”の定義を話す上村さん

上村さん

それにコクとか雑味だとか甘味だとか香りとか加わってくるとポイントが増えてくるので、要はらせん状になってくるんですね。味が消えるまでどんどん複雑味をおびて余韻が残る。口の中に長時間残ってくれるものを”おいしい”の定義と考えたんですよね。

まつお

”おいしさ”を言葉に表そうとするのは難しいと思うんですが、どうやって考えていったんですか?

上村さん

そうですね。自分の野菜の味って”おいしい”かどうかわかんないじゃないですか?例えば、友達に僕のつくった野菜をあげて、「どやった?」って聞いたら100%美味しかったって言うんですけど、それを買ってもらうと「んー、まあそうでもないかな」とかそういう反応が返ってくるんですね。

まつお

なるほど。お金を払ってもらうと本音が聞けるんですね。

上村さん

そういうデータを取るのとプラスアルファで、八百屋さんとか行って、「オススメの美味しい野菜の農家さんいますか?」って言って買って食べて、「まあまあやな、これうまいな」とか吟味して、自分の位置をだいたい頭にインプットして客観的にみれるようにしていますね。

まつお

栄養価コンテストに参加された理由もそこからきているんですか?

上村さん

そうですね。客観性をもたせたかった。コンテストに出すことによって、フラットな目でみてくれた答えが返ってくる。みずみずしくてあまくて美味しかったとか紙に書いてくれてるんですけど、そういう客観視したデータをもちたかった。で、1回目にほうれん草を送ったら結構良い評価をいただき、2回目は大根が一番になったっていう感じです。

まつお

なるほど!すごいですね〜。
それで自分のやり方に自信を持つことはできましたか?

上村さん

ん〜、自信はついてないけど、今のやり方は間違いではないんやなって感じです。

地元の資材で”おいしい”を追求

まつお

“おいしい”を追求する上でのこだわりは何かあるんですか?

上村さん

基本的に農業のやり方としては植物系の有機肥料でやるっていうのを決めてて、極力地元のものでお金のかからない資材をつかって、地元循環を目指してやりたいなと思っているんですよね。例えば、お豆腐屋さんで廃棄されてたおからをいただいてきて、米ぬかと混ぜて発酵させて使ったりだとか。
この辺は放置竹林が問題になってるので、その処理の一環として産業廃棄物業者の友達に竹チップを作ってもらって、それを畑に入れたりだとか。”おいしい”野菜を追求する時に、それが必要で入れさせてもらってますね。

まつお

もらった資材をひと手間加えて使ってるんですね。

上村さん

おいしさを追求してる農家さんってどっちか言うと少ないと思うんですよね。僕は形が悪くて、ちょっと色味が悪くなってもおいしかったらそんでいいちゃうん?を目指している。野菜が嫌いだったけどうちの野菜は食べれますって言ってくれる人が一人でも増えたらええかなって感じです。

ハート型のイチゴ

イチゴ栽培の鍵は虫

まつお

いちごの栽培で害虫をたべてもらうために、昆虫の力を借りているじゃないですか?それは初めからですか?

上村さん

いえ、最初は全然分からなくて、みるみるやられていって全滅とか結構あったんです。イチゴの栽培は虫、病気がわくんですよね。有機農家は虫が湧いたら、それを食べてくれる虫だとか、病気を抑える納豆菌だとかそういうものを使って抑えていかないといけないんですよね。

まつお

今はハチも入れてましたよね?

上村さん

受粉用にメインはハエでやってるんですけど、12~2月ぐらいって寒いじゃないですか。その時にハエが寒すぎて動けないんですよね。で、受粉がうまくできなくて、シワが入ったりして奇形果ができてしまう。そういうのがいっぱい出来ちゃうと正規品として売れなくなるっていうのがあって。

まつお

虫の存在って大切なんですね。

上村さん

実はね、去年3月の前半ぐらいに採れたものがほとんどそれやってたんですよね。正規品で全く売れなくて、加工品向けがうなるほど取れてしまって。で、こらあかんなと思って、もうちょっと動けるハチを入れてみたら今年は奇形が1 割ぐらいしか出なかった。

まつお

ハチすごい…

受粉用マルハナバチ

新しい野菜にチャレンジする理由

まつお

これから新しく挑戦しようと思ってる野菜はあるんですか?

上村さん

今ちょうど植えてるんですけど、ビニールハウスでキュウリを作ったことなくて。露地で作るのとは技術的なことや収穫時期が違うのでそれをやってみようと思って。

まつお

へー!どうして新しい野菜にチャレンジするんですか?

上村さん

農家の仕事ってずっと同じ時期に同じことやってるので飽きるんですよね。ええもんを一生かけて作っていきたいのに飽きてたら進まなくなるじゃないですか。自分の中で刺激を作るのって絶対必要なのでやってる感じですね。

まつお

新しい野菜をつくることがいい刺激になっているんですね。去年はどんな野菜に挑戦したんですか?

上村さん

スイカですね。僕調べで有機JASのスイカは僕ともうひとりだったので、全国に10人ぐらいしか作ってないイチゴを夏まで引っ張って、有機JASのスイカとイチゴを同じ日に出した日本で唯一の人っていうのにつば付けとこおもってやりました。スイカはキュウリやカボチャと作り方があんまり変わらなくて、大失敗せえへんようにできる作物だと思って選んだのですが、最初の2年間はほぼ採れず、採れたやつ食べてみてもあんまり味がよくなかったんで全部ほったりしましたね。去年やっと出荷できました。

まつお

日本でたった一人ってすごいですね。

納屋の扉の張り紙 上村さんのストイックな姿勢がうかがえる

取材を終えて

上村さんの野菜は野菜嫌いな地元の子どもでも食べれるそうです。また、私たちがかみむら農園に取材にいったときに、上村さんのイチゴが美味しいと聞きつけて来た外国の人と出会いました。このように上村さんの野菜には人を惹きつける魅力があります。上村さんが農業を始めたきっかけは”おいしい”野菜で人を感動させること。上村さんの野菜を食べた人の話を聞くと、すでにそれが現実になっているように思えます。しかし、上村さんにとって今作っている野菜は満点ではなく、もっと美味しくしたいと考えているそうです。

さらに上村さんにはもう一つやりたいことがあります。それは技術を次世代に引き継ぐこと。あまり教えないから背中を見て覚えろみたいなタイプではなく、全てのやり方を公開するのでこの通りやってくださいと教えられる師匠になりたいそうです。

上村さんは師匠とほとんど同じやり方で野菜を育てており、素晴らしい技術を教えてもらったと話していました。その技術で作った野菜で多くの人に感動を与えてきた上村さんの姿からは、師匠から受け継いできた技術を伝える責任を感じました。

上村さんの技術を誰かが引き継ぎ、これからも上村さんの”おいしい”野菜がずっと食べられればいいなと思っています。

今年のチャレンジ野菜 ビニールハウスで育てるキュウリ
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この記事を書いた人

1994年生まれ。岩手県生まれ、埼玉県育ち。祖父は漁師。学生時代は魚の研究をしていた。魚に関わる仕事をするため、徳島県へ移住。魚まみれの人生を送っていたところ、農家の友人が作った無農薬イチゴの美味しさに感動し、農業に興味を持った。好きな野菜はナス。

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